2010年02月08日

【取材】有限会社綾わくわくファーム 濱田倫紀さん(前編)

本日は、有限会社綾わくわくファーム様に取材に行って参りました。
インタビューにお答えいただいたのは、代表取締役の濱田倫紀さん。
さっそうと登場された濱田さん。
とてもおしゃれで、ダンディーで、私たちは圧倒されつつも、
早速インタビューを始めさせていただきました。

**以下取材内容***
CCC まずは会社のことからお伺いしたいのですが、従業員は何人でいらっしゃいますか?

濱田 従業員は一人もいません。

CCC (一同、びっくり)。

濱田 というよりも、正社員にはなっていないということです。娘が手伝ってくれていたのですが、このたび独立しました。ですが、いろんな人が手伝ってくれています。今、メインで手伝ってくれているのは、3人です。非常勤職員ですね。この人たちは、とても面白い働き方をしています。例えば、今日はキッチンの予約がないので休みます、とか、今日は儲かったから、営業時間を切り上げて15時で帰ろう、とか。ふいといなくなったと思ったら、東京で演劇三昧だったりとか。まあ、楽しく働いているのではないでしょうか。

CCC (これまた、一同びっくり)。

濱田 私たちの働き方(商売)は、「待つ」ということがキーワードです。待つことができれば、ゆとりができる。そのゆとりというのは、自分の身の丈にあった、ということでもあります。たとえば、若い頃ですと、すごく儲けたいと思う。儲けたいと思えば、スピードが必要になる。スピードを求めると次から次へとお金がいる、ということなんです。つまり、自分にとって無理の無い、ちょうどいい働き方があるということです。そして、そういうせくせくしないという発想は「スローライフ」に繋がるわけです。


(暖炉に火をともしていただき、あたたかな時間を過ごす)

CCC なるほど(一同感心)。そもそも、スローフードとはイタリアから始まった考え方だと書いてありましたが、濱田さんが考えるスローフードというのはどういったものでしょうか?

濱田 私が考えるスローフードとは、その土地に活気を与え、郷土の社会性を高める食品だ、と思います。宮崎にはおいしいものがたくさんあり、それを地元の人が食べる。おいしいものを大阪や東京に送らない、ということです。

CCC 最近、よく言われる地産地消ということでしょうか?

濱田 地産地消は、組織的、集団的な運動で、行政やJA主導です。スローフード運動は、生産者と消費者の間の運動です。

CCC 身土不二。初めて聴く言葉です。

濱田 身土不二の身は身体、土は風土、それが不二(不可分)であるということ、つまり、その土地と人間とは一体である、という考え方です。その土地とは、四里四方、人が歩ける距離のことです。

CCC それでは次に、展開されている事業についてお伺いしたいと思います。サイトで拝見すると、教育部門、イベント部門、地域産業振興部門、環境保護推進部門の4つの事業を展開されているようですが、最も力を入れていらっしゃる事業は何でしょうか?

濱田 食育とイベント部門です。食育については、綾スローフード協会の会長をしているのですが、本場イタリアのように、「食の大学」でありたいと思っています。食にまつわるあらゆる情報を集め、発信していきたいと思っています。イベント部門では、まず「スローフードまつり」というのを開催しています。綾町では6カ所参加してくれているのですが、イタリアにならって、綾在住の陶芸家が造った焼酎用のグラス(ワイングラスのこともある)を、同じく綾在住の織物家が創ったバッグに入れ、それを首から(ポシェットのように)ぶら下げて、10時〜16時まで、食べて、飲んで、をやります。チケット代は6,000円ですが、かなり人気があります。初めた頃は参加団体がそれほど多くなかったのですが、今では道沿いに出店が出たり、綾のお箸やさんが創ったマイ箸が売れたりと、まちの産業が次から次へと発展していっています。綾町には長らく、観光協会というのはなかったのですが、そもそもこうした観光を扱う課は、産業観光課です。つまり、産業と観光を結びつけることが大切だという考えでしょう。その他のイベントとしては、「隣人まつり」というのをやっています。これは、ソトコトという雑誌がノウハウを持っているのですが、要は近くの人を集めて、パーティーしましょう、というものです。現在では綾町の人に限定して開催しているのですが、出席した方からは、「あら、あなたも綾なの?」という声が聴かれるくらいに、皆さん隣近所のことをご存知ないんです。というのも、綾町は県外から移住してきた方も多いからでしょうね。


(写真:とてもおしゃれなキッチン)

CCC 地域における活動をとても大切にされているんですね。

濱田 そうですね。こうした考えは、もともと綾町長であった合田町長の考えによるのではないかと思います。合田町長は、非常に(政治)哲学がしっかりされていて、住民というのは怠惰だから、ニーズに答えてはいけない。行政の長というのは、住民を導かなくてはならないのだ、というお考えで動いていらした。だからこそ、1988年に有機農業条例を制定されたり、自治公民館の合田方式(1つの区を250〜300戸にする方式で、その中から公民館長を選出、毎月1回公民館長会議を開く)を開発されたりしたのだろうと思います。またアメリカにならって、コミュニティスクールを開き、中学生に地域のことを考えるきっかけを与えるということもされていました。郷土愛を育てることが、人としての基本だと考えられていたのでしょう。

後編へ続く。。。


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